数々の挑戦を乗り越えた真田広之のハリウッドでの活躍

数々の苦難を乗り越えた結果

真田広之がハリウッドで主演とプロデューサーを務めた「SHOGUN」がエミー賞にノミネート。ドラマシリーズ部門主演男優賞とゴールデングローブ賞を受賞した。両賞とも日本人が受賞するのは初めてである。

真田がハリウッドに進出してここで実を結んだということになるが、彼の師匠である千葉真一が存命だったら、彼を祝福しただろうにそれが悔やまれる。

始まりは子役から

真田が日本の芸能界で活躍するのは子役のころからである。1960年10月生まれである真田(本名:下沢広之)は裕福な家庭に育ち、同じマンションに住んでいた歌う時代劇スター、高田浩吉の息子と遊んでいたところを芸能関係者にスカウトされて幼児向けの雑誌のモデルを経て5歳で劇団ひまわりに入る。

ここから子役として映画やテレビドラマに出演する。そしてこの時代で重要なのが千葉真一主演「浪曲子守唄」(1966年)で息子役として共演していることである。この時に千葉が真田(子役の頃は本名名義)に何かを感じ取ったのだろう。

JACに入団したものの一時芸能活動の中断

1973年に品川区立伊藤中学校に入学するとともに千葉真一の主宰するジャパンアクションクラブ(JAC)に入団。母の勧めにより日本舞踊も習う。1974年には千葉主演の「直撃!地獄拳」に出演。そして千葉のアドバイスにより学業に専念するために1976年の堀越高等学校芸能活動コースに入学後、いったん芸能界から身を引く。

再び芸能界へ、アクション映画スターとしての歩み

1978年「柳生一族の陰謀」のオーディションに受かり、芸能活動を再開。私も「宇宙からのメッセージ」(1978年)で初めて彼の名前を知る。その後、「戦国自衛隊」(1979年)でヘリコプターから下へダイブするスタントをした。これを最初に観たときは、彼が演じたと思わなかった。顔が映る場面では照明が暗かったし、私もよく観ていなかった。翌年の「忍者武芸帖 百地三太夫」で初主演でここで再びダイブのスタントをしている。そして「魔界転生」(1981年)のわき役から「吼えろ鉄拳」(1981年)「冒険者カミカゼ」(1981年)「燃える勇者」(1981年)「伊賀忍法帖」(1982年)「里見八犬伝」(1983年)の主演でアクション映画スターとして千葉真一に続くものだったから、彼を引き継ぐアクションスターとして期待も大きかった。

千葉真一の元を離れた

しかし母が脳出血で急死したのがきっかけで、JACから独立して自分の星座であるてんびん座の名前を冠した「ザ・リプラインターナショナル」を設立した。1990年にJAC20周年記念で千葉真一が監督した「リメインズ 美しき勇者たち」で主演と音楽を兼務したものの、千葉の元を離れてアクション映画以外の作品が増えていった。

役者としていろんな役柄を求めるのは当然だが

役者として役の幅を広げるという意欲は当たり前だろうけれど、このあたりの真田の活躍は千葉真一のファンであった自分としては残念な気持ちだった。志穂美悦子が結婚で引退したために、千葉真一が築き上げたことが壊れたような思いがあった。真田にはシリアスドラマとアクションを両方並行してやってもらいたいなという気持であった。千葉に続くアクションスターでいて欲しかった。

だがよく考えてみると「忍者武芸帖 百地三太夫」から続くアクション映画の間には「道頓堀川」(1982年)「彩り河」(1984年)「家宅の人」(1986年)などのシリアスドラマにも出ていて、すでにアクションとシリアスドラマの両輪であったのだ。最初からアクション一本では先細りするという気持ちがあったのか。

それが功を奏してアクションだけでない役者としての力量を示して「必殺4 恨みはらします」(1987年)で悪役に挑み、「快盗ルビィ」(1988年)のコメディ演技でキネマ旬報、報知映画賞などで主演男優賞を受賞した。

師匠の想いを胸に刻んで

千葉真一の元を離れたものの、千葉の念願である世界進出も視野に入れていた。

そしてハリウッドに乗り込んでいったが、今ならともかく以前は東洋人がハリウッド映画での役があまりなくて大丈夫かなという不安も私は感じていた。今のハリウッド映画での東洋人の登場は多いし、韓国のイ・ビョンホンもちょくちょく出ているから、今なら日本人がハリウッドを目指すと言っても可能性は大いにある。けれど、真田や千葉がハリウッドを目指すといってもこれがなかなか大変なことであった。

ハリウッドでの成功はほんとうに嬉しい

地道にハリウッド作品に出ているのを観ていたが、今回「SHOGUN」でやっと実を結んだことは素直に喜べることだった。こんなになった弟子の姿も師匠が生きているうちだったらよかったのにと思うのだった。

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