「紅の豚」はジブリ作品としては異色の大人の男向けの作品でしたね。それだけに子供の頃ご覧になった方にはつまらない作品であったでしょうね。しかしながら、成長して改めて観ると、このセリフ、豚になったパイロット、ポルコのダンディズムはぐっとくるものがあるでしょう。
そしてポルコとジーナの大人の恋は、観る方が大人になってしみるような面白さが出るでしょう。
さて、このふたりの間にフィオという17歳の女の子が出てきますね。このフィオがどうしてこの大人の恋愛の間に挟まっているのか、考察していきます。
まずは、この作品ができるまでのトリビアをご紹介しましょう。
紅の豚トリビアその1、 もとは「日航の機内上映用」の短編企画だった
元々は日本航空(JAL)の国際線機内だけで上映される予定のアニメとして企画がスタートしましたが、制作が進むにつれてスケールが膨らみ、最終的に93分の劇場用長編映画として公開されることになりました。そのため、製作会社に日本航空の名前がクレジットされています。
企画の段階で、JALの担当者が鈴木敏夫プロデューサーから「タイトルは『紅の豚』です」と告げられた際、思わず絶句したといいます。
JAL側にとっては「初めて出資・製作に関わる記念すべき映画が『豚』で本当に大丈夫なのか?」と、社内の役員会などで大議論になったようです。
しかし、鈴木プロデューサーが当時のJALの宣伝部長らを粘り強く説得し、制作に至ったそうです。
この後も機内上映用から映画館上映用に変わったこともまたJALとしては驚いたでしょうね。
しかし、劇場用アニメに代わってもスタジオジブリとJALに亀裂が入るどころかこうして無事作品は完成しています。またJALの機内プログラムで特別映像が組まれるなど、良好なパートナーシップが続いています。
JALに制作のゴーサインを取り付けた鈴木敏夫は、当初「豚が主人公の映画なんて誰も見ない」と大反対したそうです。
しかし宮崎監督の意志は固く、当時の「自分たちの理想や夢を追いかけつつも、どこか世間に疲れてしまった中年男性」のリアルな姿を、あえて人間にせず豚として描くことで、生々しさを和らげつつダンディズムを際立たせることに成功しました。また当初は機内上映用だったので、それなら大人向けの作品でいいじゃないかという考えもあったのでしょう。
紅の豚トリビアその2. ポルコが豚になった理由は劇中で明確に語られないが、時代設定からこう考える
ポルコ(本名:マルコ・パゴット)がなぜ魔法で豚の姿になってしまったのか、作中でハッキリとした説明はありません。
作品を観て想像するに親しい友人の死や、ファシズムが台頭してゆく不穏な時代のなかで、「国や軍隊といった組織に加担するくらいなら、自分を豚にしてしまおう」という彼の内面的な拒絶や生き方の表れであると解釈しておきます。
ポルコ(マルコ)は、第一次世界大戦の空戦で戦友たちが命を落していく中、自分だけが生き残ってしまった深い自責の念や、国家や国益のために人が殺し合う人間社会に強い嫌悪感を抱いています。 彼は、昔の飛行機仲間から軍隊に入ってパイロットになるなら(ポルコは豚だけど)こちらが助けになるぜと言いますが「ファシストになるなら、いっそ醜い豚のほうがましだ」と、自らに魔法をかけて(あるいは自嘲的に)豚の姿になりました。
魔法をかける方法はどこで覚えた?と疑問もありましょうが、これは誰かが魔法をかけたのではなくて、自ら魔法をかけた、と解釈するのが妥当のように思います。
さてここからは、本作ではポルコとジーナの間にフィオを入れたのか、考察してまいりましょう。
紅の豚フィオかわいい なぜ紅の豚に大人の恋を描くこの作品にフィオをおいたのか?
なぜって、宮崎駿が少女好きだからでしょ、と言ったら身も蓋もないことであります。
しかしそれでもこの作品でのフィオの存在がなぜ必要かを考えてみましょう。宮崎監督だって好きだからって、無駄なキャラクターを出さないでしょうから。
宮崎作品における少女のキャラクターは「困難に立ち向かう、気丈で自立した若い女性」への強いリスペクトがあります。
フィオは、男性社会である飛行艇業界(荒くれ者の空賊たちや頑固な職人たち)の中で、自分の才能と度胸で一歩も引かずに渡り合います。これは子供向けのマスコット的な可愛さというよりも、宮崎監督が描きたかった「自分の足で力強く生きる」ということを描いたのでしょう。
紅の豚フィオかわいい 単にマスコットとしているのではないフィオはジーナとの対照的なキャラでより大人の恋愛を際立たせている
ジーナとポルコの関係は、お互いに過去のトラウマや戦争の記憶、亡き戦友たちの影を引きずった「大人の膠着(こうちゃく)状態」です。2人だけで物語を進めると、過去の思い出の中で完結してしまい、物語が前に進みません。ふたりは愛し合っていても、どうやら永遠に一緒に暮らすということができない、と想像できますね。もう過去にこだわってしまい、そこで終始してしまうでしょう。
そこに、戦争を知らない世代であり、前向きに未来を切り開く17歳のフィオが飛び込んできます。フィオの圧倒的な情熱や「生きるエネルギー」が、頑なに豚のままでいたポルコを現実に引き戻し、再び空へ、そして未来へと向かわせる原動力となりました。
紅の豚フィオかわいい フィオはジーナをより浮き彫りするためにいるのか?
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ジーナの魅力:隠れ家的ホテル「アドリアーノ」で大人な対応を見せる、圧倒的な気品と包容力。
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フィオの魅力:弱冠17歳でありながら飛行艇の設計をやり遂げ、荒くれ者たちをも一歩も引かず言い負かす気丈さと愛らしさ。
もしフィオがいなければ、ジーナの魅力やポルコへの想いはただの「お似合いの熟年カップル」のメロドラマになっていたかもしれません。
しかし、若さと才能にあふれ、ポルコにまっすぐ体当たりしていくフィオという存在が現れたことで、「自分は一歩引いた場所からポルコを見守る、大人の女性でなければならない」というジーナの強い覚悟や、大人の恋愛ならではの「切なさ」や「余裕」が鮮やかに浮かび上がります。フィオは、ジーナの魅力を引き出す最高の引き立て役でもあります。
フィオはこれまでの宮崎駿監督作品のいつもヒロイン、ジーナは本作における真のヒロインという位置づけになるでしょう。どちらも本作の描くものとしては欠かせないダブルヒロインなのです。
