キアヌ・リーブスは1964年9月2日生まれですから、この稿を書いている時点で62歳です。(2026年10月23日の時点)いやあ、もう60代になっているんですね。「スピード」「マトリックス」「ジョン・ウィック」とアクション映画でヒットを飛ばしているスターです。その彼は韓国映画「悪人伝」の主演をオファーされているようです。共演者はオリジナル版の主演であるマ・ドンソクなので、キアヌがOKすればこれは楽しみです。
キアヌ・リーブスのいい人伝説のはじまり
さてキアヌには≪いい人≫伝説がありますね。
その伝説の始まりは、パパラッチによって捉えられたふたつの写真がきっかけのようです。
ひとつはキャリアが上り調子だった1997年頃、ウェストハリウッドの道端で、ホームレスの男性と隣り合わせに座ってタバコを吸ったり、楽しそうに酒を酌み交わしたりしている姿がパパラッチされたことがあります。
もうひとつは2010年に公園のベンチでぼんやりと一人でサンドイッチを食べている姿を盗み撮られ、「Sad Keanu(悲しみのキアヌ)」というネットミームになった写真です。
このふたつの写真でのキアヌの服装ときたらボロボロの服を着ていてセレブらしからぬ容姿であったために、なにかキアヌは精神的な病があって気分が安定していないのではないかと疑われたのです。後者などはひとりで公園のベンチでサンドウィッチを食していたので、ますますその疑いをかけられました。
しかし後者のひとりでいた写真などはテレビ番組のインタビューで 「ただサンドイッチを食べていただけだよ」「いろいろと考えていたことはあったけれど、お腹が空いていただけさ」 とあっけらかんと釈明をしていました。
じつはキアヌはおしゃれに関心がなく、ハリウッドのスターだからギャラは高いだろうに、高級車に乗らずに電車で移動したり、豪邸に住むということもしません。また彼には他人に対して何にも偏見を持たず、ホームレスにも気さくに声をかけて一緒に飲み食いしたりするのです。
キアヌ・リーブス、どんなところがいい人なのか?
そんな彼の心情がわかると、キアヌの行動に良い人というイメージができあがります。
- スタッフや共演者への還元:映画『マトリックス リローデッド』でスタッフにハーレーを配り、『ジョン・ウィック』のスタントマンにロレックスの腕時計を贈呈した。
- ファンや街の人への優しさ:道端でホームレスの男性と地面に座って話し込んだり、一般人の結婚式にサプライズで登場したりしている。
- 控えめなライフスタイル:高額なギャラを得ても私生活は質素で、移動には地下鉄を使うなど、セレブぶらない姿勢が知られている。
- チャリティ活動:白血病と闘った妹の経験から、長年にわたり小児病院やがん研究財団への寄付を静かに続けている。
- その他にもかれの善人ぶりがうかがえるエピソードが多くあります。いったいどんな生い立ちだとこういった善人になれるのでしょうか?
世界を転々とした幼少期
複雑な家庭環境: レバノンのベイルートで生まれましたが、父親は地質学者で麻薬所持などのトラブルにより家庭を去り、母親はダンサー・衣装デザイナーとして生計を立てていました。
激しい引っ越しと転校: 母親が何度も再婚・離婚を繰り返したため、幼少期からオーストラリア、ニューヨーク、トロントへと移住を重ね、学校も転々としました。落ち着かない環境の中で、彼は「どこにも完全に属さない」感覚や、多様な背景を持つ人々へのフラットな視点を自然と養っていったと言われています。
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学習障害に苦しんだ日々
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学校では失読症(ディスレクシア)に苦しみ、文字の読み書きや学業で非常に苦労しました。
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5つの高校に通うものの退学処分なども経験し、最終的に高校を中退しています。思い通りにいかないもどかしさや、周囲の枠組みからはみ出す経験が、彼の心に独特の謙虚さや、他人の痛みに寄り添う優しさを育んだのかもしれません。
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一番の夢の頓挫といくたの喪失
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少年時代はアイスホッケーのカナダ代表ゴールテンダー(ゴールキーパー)を目指すほどの腕前で、仲間からは「壁」と呼ばれるほど期待されていましたが、大怪我によってその夢を断たれました。
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その後、俳優として大成功を収める一方で、私生活では親友だったリヴァー・フェニックスの早すぎる死、愛するパートナーとの間に生まれた子供を死産で失い、そのパートナーも直後に事故で亡くすという、言葉にできないほどの深い悲しみをいくつも経験しています。さらに妹の重い病気の闘病も長く支え続けました。
華やかなハリウッドスターでありながら、人生の栄光と、誰もが打ちのめされるような過酷な逆境の両方を深く味わってきたからこそ、物質的なものや見栄には一切執着せず、「目の前の生身の人間」や「ささやかな日常」を心から大切にする生き方にたどり着いたのだと言われています。
こうして背景を知ると、彼が街角のベンチで一人でパンを食べていたり、ホームレスの男性と隣り合って笑い合っていたりする姿が、単なる「奇行」ではなく、彼の魂にとっての自然な姿なのだとしみじみ感じられますよね。
