一郎彦は主人公・九太と対決するいわば敵役ですが、彼を考察していきますと、かなり興味深い単なる悪役とは呼べない魅力があることに気が付かされます。
バケモノの子 一郎彦のプロフィールと基本情報
一郎彦は白い猪の被り物を巻いており、白の長袖に首には薄紫色のショールを巻いています。この被り物を脱ぐと女性にも見える中性的なすらりと伸びた背丈と整った顔立ちをしています。
他のバケモノたちや弟とは違い華奢な体躯であり、毛並みも無いところも女性的なのです。他のバケモノは異なるところがあります。むしろ、彼は久太の容姿に似ていますね。
剣術や体術などは父・猪王山と同じくらいの実力を持っています。能力は青年期までは見せていませんが、物を浮かせる能力を習得しています。
故に幼い頃から文武両道に秀でリーダーシップも高く、二郎丸が九太をいじめていた際も「力は見せびらかすためにあるんじゃない、優しさのためにあるといつも父上が言っているだろう!?」と叱りつけ咎めます。
彼は父の日頃からの教えを守り抜く姿勢を見せ、青年に成長するとバケモノ界でも一握りの者しか受けることの出来ない高等教育を受講するなど、その様は絵に描いたような優等生であります。
それはネガティブな視点から見ると幾つになっても親離れが出来ず自主性が身に付いていないとも言えますね。彼は誰よりも父親をリスペクトしているがゆえに親離れができない弱さもあるのですよ。ともかく尊敬する父の後をついていけばいい、というところでしょうか。
当初は熊徹に抵抗していた九太が青年に成長すると自尊心が芽生えたことで熊徹に頼らず積極的に自主的に行動するのとは対照的なキャラクターです。
そうなると九太にライバル心が芽生えてきたのか猪王山と同じ次期宗師候補者の熊徹やその弟子である九太を一際嫌悪していくのです。幼少の頃、久太をいじめる弟をたしなめていたのに、いつしか憎むことになるのです。
彼らの街での支持の声が高まっていくにつれて、内心二人を「半端者」、「ひ弱な奴」と蔑んでいた。なぜこんなことになったのでしょう?
バケモノの子なぜ一郎彦は「闇」に落ちてしまったのか?3つの理由
① 自分が人間であるという秘密(アイデンティティの揺らぎ)
実は一郎彦は久太と同じように人間なのです。彼もバケモノ界にまよいこんだ人間なのです。バケモノの世界に生きる人間同士としての愛憎半ばする感情が出てきたのでしょう。
当初は弟に九太をいじめるな、と優等生らしく弟を諌めるのですが、久太を見ていくうちに自分のコンプレックスがふくらんでいくのでした。
② バケモノとしての強さを求められたプレッシャー
一郎彦は、バケモノの世界で成長した九太が人間界に戻りたいと願うのに反して、自身はこのバケモノの世界で生きるという決意があります。また尊敬する父親と同じこの世界での名誉と地位が欲しくて、伝授された技を習得して強いバケモノになるという気持ちが強いのです。
③ 九太(蓮)の存在への焦りと嫉妬
次期宗主を決める試合で熊徹と戦うことになります。一郎彦は父の猪王山の勝利を確信していました。
最初は熊徹に押された猪王山が巻き返し熊徹をダウンさせます。ところが久太の声援を受けた熊徹が猪王山を倒して、次期宗主に決まります。試合の観客から熊徹に賞賛の嵐が起こります。
しかしその時、熊徹の身体に突然何が突き刺ささります。それは鞘の抜かれた猪王山の剣です。それは一郎彦の念動力で剣を操ったのです。
「アハハハハハ!父上、私の念動力と父上の剣で勝負をつけました、あなたの勝ちです!熊徹みたいな半端者に父上が負けるわけがありませんからね!!!」
そう彼が高笑いを浮かべると同時にそれまで一郎彦の口元を覆っていたマフラーが外れ、その素顔が露わになります。
その顔はバケモノにある長い鼻や牙もないまぎれもない人間の顔でした。一郎彦はその時から行方をくらませました。
そして猪王山は周囲のバケモノたちに語ります。
皆様わかってきただろう。一郎彦は猪王山の実子ではなく、その正体は九太同様、バケモノによって拾われ育てられた人間の子供である。
一郎彦は成長していくうちに自分に牙がないことに気が付いて何度も猪王山に尋ねました。父はそのたびにお前は私の実子だと言ってきましたが、とうとう一郎彦は納得がいかなくなったのです。
自分はもとは人間である。そしてこのバケモノの世界で異質の存在というコンプレックスを抱きます。
バケモノの世界では人間はわれらより劣った者とみなしているので、自分が人間であることを認めたくないのです。
そして自分と同じ人間である九太と熊徹が次第にバケモノの世界で尊敬を集めて猪王山と同じような存在になることは、このコンプレックスが増幅され、九太に対する憎しみになりました。
バケモノの子 一郎彦の正体と「クジラ」の化身になった意味とは?
行方をくらませた一郎彦を救えるのは同じ人間である自分だと九太は考えます。人間界に戻った久太を追って一郎彦もやってきます。そして渋谷で九太を見つけて、ふたりの決戦が始まります。その時一郎彦はクジラの化身になりますが、なぜクジラか?と言えば、久太のカノジョである楓の読んでいる本「白鯨」に答えがあります。
「白鯨」ではエイハブ船長は自分が戦うクジラを自身の投影だとしています。
バケモノの子 人間の持つ「心の闇」が具現化した姿
クジラは海に住む巨大な生き物です。人間ではコントロールの利かない巨大な力を持っています。人間の制御できない力を一郎彦の闇の部分、自身のコンプレックスが増大して止められなくなったものとしてクジラを細田守監督は選んだのでしょう。
「人間が勝手なイメージを植え付けた動物である一方で、自然の圧倒的なスケールや、時には母なる生命力・無条件の愛の象徴としても捉えている」
とインタビューでも語っている通り、他の作品にもたびたびクジラを登場させています。この作品で圧倒的なスケールを持つという点で、一郎彦が自分でも気持ちを制御できずに暴走していくメタファーとしてとらえたのでしょう。
バケモノの子 白いくじらが渋谷に現れた背景を考察
ファンタジーを題材にしても細田守監督は現実の都市に戻るということをよくします。
これはファンタジーアニメだろうが、細田守監督は現実の問題(この作品では心の闇やコンプレックスを抱え込むなど)を描いているので幻想の世界が現実の世界と地続きであるということなのでしょう。
バケモノの子 まとめ
一郎彦は久太の投影なのです。もし九太がバケモノの世界で成長できなかったとしたら、一郎彦のようになっていたのでしょう。一郎彦の悩みは九太が抱え込んでいた心の闇でした。だからこそ、一郎太は九太のネガティブなところを投影した姿なのです。「白鯨」のように自分の負の部分を克服するということで、一郎彦のキャラクターができた、と解釈できるのだ思います。
一部では久太と一郎彦が戦う意味が良くわからないという意見もあるようです。しかし、久太の成長物語で、一郎彦は九太が乗り越えねばならないキャラクターだとわかれば、彼らが対決する意味が納得できるでしょう。
